店長の思い出

これは、1994/03/19 23:05(細かいね)にNIFTY-Serve(当時)の某非公開PATIOで掲載させていただいた駄作文を若干修正・HTML化したものです。ファーストフードネタを書いていて思い出したので、恥じらいもなく公開。


1994/03/19執筆

今を去ること4年半前。就職も決まり、私は学生のうちに職場に近い(今思うとそんなに近かないが)神奈川県へと引っ越した。始めての独居生活‥料理を満足に出来ない私は、近所のモスバーガーへよく立ち寄るようになった。

特に急ぐ用事もない昼下がり。空腹を満たすのに、私にとってモスは最適であった。注文してから作るバーガーのデリシャスな味‥特にモスチーズバーガーのあの溢れんばかりのミートソースは、この上ない満足の世界へと私を誘うのであった。

そんな上級の味を満喫する私は、店内にデカデカと貼られた模造紙に目を止めた。

「モスバーガー○○店 店長募集!」

ん〜?店長のいない店ってのはいったい誰が仕切っているのだろう?とほのかな疑問も浮かびあがったが、まぁこういったチェーン店にそんな心配も不要だろう。アイスミルクティー(M)を飲み干し、そのままでいいと言われてもキチンとゴミを片付け店を出た。

会社生活が始まって半年。早くも残業を強いられる様になりクタクタになって帰宅。足は自然と、AM1:00まで開店しているモスバーガーへと向いている。そういえば、あの「店長募集」の張り紙を見てから丁度1年程が経過している。その後どうなっているのだろうか?新生活の中、ようやく人のことまで心配出来る余裕も出来てきた。

おもむろに自動ドアを明ける私。そこにはがたいのいい、New店長が立っていた。

「ぅぅぅぅぅいらっしゃませぇっ!!」

店内に響きわたるその声に、私はド肝を抜かれた。確かにそれまでにもこのモスにはハツラツとした雰囲気があった。にもかかわらずそれまでの雰囲気をかき消し、更に新たなるさわやかパワーを展開せんとする勢い。まずやられた。

(彼が新店長か‥フフン、なかなかやるじゃないか。ではお手並み拝見といくか)

不敵な笑みを浮かべる私。とはいえお手並み拝見といっても注文するしかないので注文した。時間が遅いのでお持ち帰りである。
「お願いします、モッチ、チキン、プレーン、Sポテイクで入りました!」
「恐れ入ります、お席の方でお待ち下さいませ!」
「お待たせしましたっは〜ん!モスチーズバーガー、照り焼きチキンバーガー、プレーンドッグ、ポテトSサイズですね!?」
「あたたかいうちにお召しあがり下さい。ヌヌヌありがとうございましたぁッ!」
店長のハイテンションは時刻を無視して私が店を出るまで高められていった。

今思えば、当時はバブル全盛期。街は活気に溢れ、万札が乱れ飛んでいた。私は、過酷な仕事をくぐりぬける中、モスにオアシスを見いだそうとしていたのかもしれない。私のモス通いが無意識のうちに始まった。連日夕食はモスである。

私の注文メニューはほぼ決まっている。モスチーズバーガー・照り焼きチキンバーガー・プレーンドッグ・焼肉ライスバーガーの中から3ヶ、それに加えポテトSサイズかグリーンサラダ(サウザンアイランド)のどちらかを添付する。そしてテイクアウト。私はかたくなにそのメニュー体系を崩さなかった。何故か?特に大意はない。ただ疲れてていろいろ選ぶのが面倒なだけである。それと他はあまり好きではないだけである。

店長は相変わらずだった。その声量、そのがたい、その腰の低さは常に一定にキープされ、そのパワーはわけへだてなく店内へと充満されていた。私はいつの間にか、この雰囲気のとりこになっていた。BOSEのスピーカーから店内に流れる有線(歌謡曲)が、皆店長のテーマとなって耳に飛び込んできた。‥私はいつしか、店長を心の中で「あにき」と呼ぶようになった。

通い続けること1年余り。毎日とまではいかないが、週の2〜3日は夕食をモスとするのが定番となっていた。しかし転期は序々に、そして確実におとずれた。

あにきは、有能(と思われる)助手を迎え入れていた。がたいの良さとさわやかさは、さすがあにきの右腕と感心せざるを得なかった。制服姿ではちょっと見ても見分けがつかない位あにきに酷似していた。私はあにきクローンな彼を「さぶ」と呼んだ。

あにき&さぶの強力コンビネーション・アタックはモスの活気を不動のものとした。心なしか客の入りも増えた気がする。ここが私のモス離れのきっかけとなった。客が多いと「お席でお待ち」出来ない(立って待つ)のである。仕事帰りで一刻も早く休みたいところ、モスの待ち時間立っているのは酷である。

とはいうものの、あの味は忘れられない‥客が少ない日は必ずよっていた。そして、ついに来るべき日がきてしまった。

「‥‥(溜め)‥‥お持ち帰りですね?(ニヤリ)」

溜めたあげくあにきは笑みをうかべた。他の客には「こちらでお召しあがりですか?」と聞くのに、私に対してはこう聞くのである。私が毎回持ち帰るのでついに覚えられてしまったのだ。

私は苦笑いを浮かべうなづいた。うれしかったのは他でもない、しかし何かこう照れくさいのである。私は覚えられた、そうついにあにきの脳にインプットされてしまったのである。そこには店長と常連客との会話を要するのではないか?あにき同様の夜中にもかかわらずさわやかな笑顔が必要になってくるのか!?‥‥

私のモスへの足どりは鈍くなっていった。行けば会話が待っている、さわやか笑顔を用意せねば‥‥妄想は私をモス入り口から遠ざけていった。しかしあにきは、店の前を通る私を鋭く発見し、中から大振りなアクションで挨拶してきた。そこまでする!?

私はついに、モスの店の前すら通らなくなってしまった‥‥

モスへ行かないというのはこんなにも辛いものだったのか。そう思ったのは「あにきに店内から挨拶された」事件から2〜3ヶ月が経過した時だった。休日のその日、私は「この格好ならいつもと違うし、眼鏡も変えたからわからんだろう」と独り無意味な変装を気取ってモスへと果敢に挑んだ。勿論あにきはさわやかに笑っていた。バレバレである(当たり前だ)。

注文→待ちまでは滞りなく終わった。滞る訳があろう筈がない。私は常連客なのである。モスのVIP扱いだ。なのに私は、その日来た客の中で一番怯えていた。

そしてあにきは注文の品を私に渡した。そして、
「今日もお仕事ですか?」
「‥‥ぁあぁあ、いや、今日は休みなんですけど(^^;(焦りまくる)」
「(^_^)そうですか!いつも大変ですね、がんばって下さい!(^O^)/」
ガーン!ついに店長←→常連客の会話をしてしまった!いやうれしいにはうれしいんだけど‥やはり照れくさい。照れくさすぎる。

私は走って帰宅した。うれしかった。しかし、こんなの何日も続けられない‥今の私は一杯飲み屋の常連すら出来ないんだな、そう確信した。

それから私はモスへ一切行かなくなってしまった。丁度バブルも崩壊、現在も続く不景気に突入し、割りかし高めのモスメニューも物理的に受け入れる訳にもいかなくなっていた。

青空を見上げる。雲が、右から左へと流れている。あにきは‥

休日だったその日の昼間、横になって窓から外をぼんやりと眺めていた私は、思い立ったように家を飛び出した。モスへ行かなくなってからもう1年以上絶っている。やっぱり、私にはあにきなしには生きていけない。私にはあにきが必要なんだ!もしかしてこれって、恋?(それは否定するが)。

その恋愛にも似た感情を胸に、用事をすばやく済まし、息を切らしモスの入り口の前に立つ私。しかし、そこにあにきの姿はなかった。もう辞めてしまったのである。

呆然とする私。あにきの後がまはどうやらさぶが受けたらしい。誇らしげに注文をとるさぶ。しかし私は放心状態だった。

「おせ、おせお席でお待ち下さい」

あにきだったら、その程度の台詞は1回のミスもなく言える筈だよ‥私は心で泣いた。

待ち時間、私はあにきこと店長との思い出に浸っていた。スタンプも集めた。じゃんけんゲームを照れながらやって灰皿もらった。金額合計が888円になって思わずガッツポーズをとった‥今となっては全て、過去の出来事である。相変わらず歌謡曲の有線放送が、今日ばかりは悲しく響いた。今日ばかりは、出来上がりがはやい気がした。

店長との出会い、葛藤‥‥そして突然すぎる別れ。モスのこと以外に、私にもいろいろなことがあった。しかし、あにきことモス店長と過ごしたこの時間は、少なくとも私に遺産となって後生語りつがれていくことだろう。ありがとう、店長。あにきのこれからの人生に、幸・あれかし!!

[おわり]

多少フィクションなところもありますがほぼノンフィクションで書いたつもりです(←当時の談)。今も結構そうですけど、人見知りが激しいというか、あまり懇意でない人と話すのが苦手な私の、(そうでない人からみたらアホらしい)苦悩がよく描かれています。って自分で評するなよ(笑)。最近はだいぶ人と話すのは慣れてきたと思いますけど、話題が続かないとか発展しないとか、まだまだ改善点はあります。